金平糖シーズン
実は言うと、あまり好きじゃなかった。
食感は硬いし、ごつごつしている。名前も見た目もそれと合わない。いいことなんてない。お菓子の星だなんて言うが、むしろ食べたら星を見る始末だろう。
甘いお菓子の金平糖。
星粒の形をした金平糖。
昔懐かしのお菓子、なんて文句で人を引きつる、金平糖。
好きじゃないのだ。
「それを、作っている本人の前でいいますか」
薄い眼鏡に白い手ぬぐいを頭に巻きつけた男が言った。
「いいじゃないですか。先生。どうせ先生もなんでしょ?」
否定できないのが辛いですねぇ、と呟き私とテーブルを挟んだ場所にいる男は、金平糖職人だ。別のお菓子も作っていたと思うが、忘れた。何しろ先生と呼んでいるが、その理由には全く菓子職人との関係がないからだ。
先生の髪は薄い金色だ。おまけに瞳は水色。
単なる外国人ではない。北欧のどこかと日本人のハーフだ。ただし、日本生まれの日本育ち。名前は、そう、なんだったかな。妙に長ったらしくてもう覚えていない。それでどうにかなってきたのだから、何も問題はない。
で。
私が先生と呼ぶのは、大した理由はない。私がここで「仕事」をする代わりに英語を教えてもらっているからだ。日本生まれの日本育ちのくせに英語がうまい。…卑怯だと思う。
ここの金平糖、かなり有名らしい。なにしろ人間だけでなく、神様から妖怪までが買いにくる(たかりにくる)。
私の仕事はその仲介をすること。先生はそういう類は多少ではあるが見える。が、存在が薄い場合は話もできないうえに、見えないこともあるようだった。
だから、深咲花奈(しんざきかな)はここにいる。
好きでもないお菓子に囲まれ、匂いを嗅ぎながら、見えないお客が来るのを待っていた―――
現在梅雨注意報の真っただ中。
先ほどから私は先生の邸宅でお茶を頂いていた。なので、目の前に先生がいる。私から向かって左側には今日では珍しくなった縁側があり、その向こうに小さい日本庭園が見える。雨に濡れた草花と、際限なく波紋を浮かべる水面が視界の端を掠めた。
目に見えないお客は大抵ここからやってくる(侵入ともいう)。
「今日は来ませんねぇ」
英語が達者でなおかつ日本語も流暢な先生は、年齢より老けて見える。両手で湯呑を持って正座をしてゆっくりとお茶を味わっていた。日本人より日本人らしい。ハーフと言われても日本生まれ(以下略)なのだから、当然なのかもしれないが。
「来なくていいですよ。お金も払わず持ち去って行くんですから。商売あがったりじゃないですか」
常ににこにこしている先生は、人間以外に対してもその態度は変わらない。彼らがほしいと言ったら、躊躇せず金平糖を渡すし、お金やなんらかのものを求めることもない。向こうが要求を拒否したらどう対処していいか分からないというのもある(退治なんて出来ない)。
なんだかこう考えてくると、もしもの場合どうすればいいのだろうか。向こうが極悪だったら対処方法がない。…うわぁ、大変なことになりそうだ。
「彼らにあげているのは商品ではありませんから、大丈夫ですよ。形の悪い物とか、人に売れない物とか…」
先生、妖怪相手になにをやっているんですか。かなり呆れて言葉もでない。この人はどこまでのんびりしているのか。
お茶を一口、音をたてて飲む先生が何所か遠いのは気のせいだ。きっと。
「花奈さん、今日は英語はいいのですか?」
痛いところを突いてきた。内心焦り、しかし、それを微塵も出さないように踏ん張って、
「今日のようなじめじめした日に英語はしたくないんですっ」
と、いかにも強がっていますよ、みたいになってしまった。いけない。先生が口の端を吊り上げて(私にはそう見える)笑った。
「そうですねぇ。ですが、今は梅雨ですし、毎日じめじめしていますよ?つまり、毎日英語はしないということになりませんか?」
わかってて言うか、この人は。
にっこり笑顔が凄まじく怖い気もするが、答えずにおいた。先生はこういう人だ。いけすかない。食えない人。どっちでもいい。つまり、敵わないのである。
―――――コンッ
盛大に響き続ける雨音に交じって、恐らく硝子を叩く音だろう、所在なさげに小さく聞こえた。私は先生と顔を見合わせた。
―――コンッコンッ!
今度は二回。先ほどの音よりも幾分大きい。
私はいつもこのときが楽しい。恐怖で逃げ出したい感覚ももちろんある。それでも、どんな神様なのか妖怪なのか。普段では絶対に会えない者達。なんだかんだで、私は楽しんでいるのだった。
そっと縁側のガラス戸を開ける。目を見張った。
なにも…いない…?右も左も上にも下にも。影も形もさっぱり見当たらない。
「先生、いな――」
気のせいかと諦めて振り返ったとき、さっきまで私がいてお茶を飲んでいたところで、なにかがうごめいていた。というか跳ねていた。
わずか三十センチの机の高さを登れないほど小さなソレ。
ここからでは黒色にしか判断できない髪で、瞳はおそらく黒だろうソレ。
十二単を改良して動きやすくしたであろう服を着ているソレ。
両手を伸ばして机の端を掴もうとしているソレ。
―――いつのまにッ!!
なんかショックだ。先生は相変わらずにこにこ笑っていた。なんだ、この敗北感は…。
私はそろりと向き直り、平常心を取り戻すように意識して呼吸をする。妖怪神様もろもろの存在は外見で決めつけたら後でとんでもないことになるのは、経験積みなのだ。
ソレは跳んでも机の端に届かないことに観念したのか、肩を微かに震わせている。背後からは表情は読み取れないが、顔を真赤にして両手を握りしめているのだろう。まんま子供の仕草だ。と、思った次に、ソレは両手を合わせ、青白い光を発し始めた。頭から足元にある裾まできっちり包みこまれると、体が浮上し、机上に立った。
じっと先生に見詰められたソレ―少女は後ろからでも分かるぐらいにオタオタしている。
「…あ、あのっ!狐月堂の主さまと、お見受けしました!」
少女は意外にも声を張り上げた。耳にすっと入ってくる気持ちのいい声だ。
狐月堂というのはここ、お菓子屋の店名だ。
「どうか!金平糖を分けて頂きたいのですっ!お願いします!!」
深々と頭を下げ、勢いで土下座までしそうだ。
金平糖をもらうだけでここまで活き込んで来たのは始めてだった。何か重要なことでもあるのだろうか。
それでも先生はあっさり承諾するだろうけど。私はそうっと先生の後ろへ移動した。
「えぇ、いいですよ。どれくらいですか?」
少女はぱっと顔を上げ、喜ぶと思いきや、
「えっ?…あれ。……えぇ!」
驚いている。困惑している。
笑ったかと思えば、はてなが頭の上を飛び、そうしてはっとする。しょげて泣きそうだ。
「ええっと、あの、金平糖を頂くには、主さまのおっしゃる試練を受ける必要がある、と伺ったのですが…」
恐る恐るといったぐあいに少女は言った。それはもう先生に畏怖でも感じているかのように。先生は落ち着かせるようにただの笑みではなく、子供の世話をするときのような穏やかな表情をした。
「そんなことはないですよ。きみのようなヒト達にはなにもせずあげていますからね。きっと誰かが勘違いしてきみに話したのでしょう」
善人の仮面を被った鬼みたいだ……。
少女はその言葉に安心したのか、向日葵のような笑顔を振りまいた。
「それで、どれくらいほしいのですか?」
「十粒です!…ええっと宜しければなんですけれど」
十で委縮しきった少女はかなりの臆病なのか。
ところで、さっきの試練の話だけれど、恐らく前回きた傲慢な河童のせいだろう。あまりにも毎日大量の金平糖をもらっていくので、私がそれ相応の量の砂糖を持ってくるように言ったのだ。半強制的に。それ以来河童は来ていない。いい気味だ。
先生は腰を上げて金平糖を取りに行った。待っている間、少女は目をきらきらさせたまま先生の消えていった方向を見つめている。
なんか私忘れ去られているな。いいけど。
先生は丁寧に包み、手に携えて持ってきた。
少女は嬉しそうにそれをもらい、礼を述べてすっと消えた。
「なんだが今回は呆気ないですね」
先生はなにも言わずににこにこ顔だ。
小さい妖怪(?)の割に先生に見えていたようだったし。今回は手伝うことはなかったので、私は英語の更なる追及から逃げるため、そうそうに帰ることにした。
雨はどしゃぶりで、勢いを増したかのようだ。
鞄と靴が濡れることを覚悟しながら、私は傘を広げた。金平糖のような水玉が散った柄は降ってくる水玉でさらに鮮やかになった、気がした。
四日後。
梅雨はまだまだ終わりそうになく、傘の常備が続いていた。
いつも通りに先生の自宅兼店に居座っていた花奈は、英語を教わっていた。と言ってもほとんど一人で悶々と参考書を片手に唸っていただけだったが。先生はひとり優雅にお茶を味わっている。
「先生……。目の前でお茶を飲まないでくださいっ」
今頃気づいたかのような顔をする先生はにっこりと笑う。
「それはすみません。…じゃあ、そのページが終わったら一緒に飲みましょう」
うぅ…。あと十問もあるし。容赦ないし。
花奈はげんなりとし、ペンを取り直した。そして気がついた。先生の手の横に小さな紙の包みがあることに。手のひらに乗せても十分余分があるほど小さい。
「先生。それ、」
「―これですか?差し上げる分ですよ」
誰に、と問う前にソレはやって来た。
円い青白い光がいきなり目の前に現れたと思ったら、ぽんっとかわいらしい音と共に先日の少女妖怪が姿を見せていた。すとっと机の上に足をつける。
「こんにちは…ッ。本日も金平糖を戴きに参りました!」
私を背に、先生を前に立っている。
先生はにっこり顔で少女に金平糖を渡す。その少女妖怪の瞳はきらきらさせて、金平糖と先生を交互に見詰めている。そうして礼を言って消えるのだった。
先生はなにも言わない。恐る恐る聞いた。
「…あれから毎日、来てたんですか?」
私は毎日ここに来ているわけではない。数日おきに、様子を見にくるといった感じだったのだ。案の定、先生はにっこり笑って頷いた。
次の日、あの少女は来なかった。
雨はというと、本降りもいいところで、雨音が声を遮るほどだった。梅雨が明ける頃には期末テストが始まる。私はこれから毎日先生のところへ行かなければならなかった。学校で勉強をするよりも断然はかどるのだ。
出来れば、妖怪、神霊の類はきてほしくなかった。どうやら、そんなわけにもいかないようだ。
目の前にちびっこがいる。明らかに人間ではないサイズのちびっこが。その手には爪楊枝ほどの大きさをした棒が握られている。恐らく、刀だ。ひどく小さいが攻撃力はそれなりにありそうだ。ちびっこが振り回す度に刀身が光っている。そして、その容貌は一寸法師といっても過言ではない。ちょんまげ頭に青い長着、水色の袴。
机上で先程から喚いている。言葉を繋げると、どうやら金平糖が欲しいようだが、礼義がなっていないのであげたくない。無視して私は勉強を続けることにした。すると、斜め右からきらりと光るものが飛んできた。体ごと後ろへやると、先程まで手を置いていたノートがざっくり切られていた。
あの刀、本物だったのか。
私はちびっこを睨みつける。向こうも同様にこちらを睨んでくる。しばらく対峙していると、ちびっこの前にぽとりと小さい紙包みが降ってきた。
「おお!かたじけない。有り難くいただいていくぞ!」
ちびっこは両手でその包みを持ちあげ、消えた。
私は複雑な思いで先生を見つめた。どうやらそれが恨めしい目をしていると思われたみたいで、先生はちょっと困った顔をした。
「そんな顔をしないでくださいよ」
「…でも、これで五日目ですよ。先生は人が良すぎるんです」
私はあごを机の上にのせて、意味のない抗議をしてみた。湯のみが置かれた。そして、言うのだ。にっこり笑って。
「明日はどんなひとが来るのでしょうね」
私は音を立ててお茶を飲み、答えなかった。
期末テストまで一週間を切ってしまった。
先生が見張っているので、おちおち寝ていられない。
しとしとと音が部屋を満たす。梅雨明けも近いようだった。それでも、雨の独特の薄暗さと重い空気がいまだ支配していた。車が走る音や犬の鳴き声が雨超しに聞こえる。だからなのか、人の声がストレートには聞こえにくかった。
なのに、
「いやー、あかんあかん。雨は鬱陶しいのぉ」
と、陽気な声が若干な下方から聞こえた。気のせいではない。
気付けば、縁側の引き戸が少し開いていた。その前に茎の長い緑の葉っぱを傘のように持った奴がいた。
一瞬で体が固まった。明らかな人外だったのだ。口調とは裏腹に、長い爪と赤味がかった胴体。くしゃくしゃの黄色い髪に丸々とした黒い瞳。そして、額から突き出た白い角。昔の地獄絵図にでてきそうな妖怪を、デフォルメした感じの―――
「―――鬼!?」
我ながら声が大きくなり、腰を上げてしまった。
気構えて、向こうの出方を待った。鬼は長い爪で頭をかいている。
そんなとき、
「―――花奈さん?」
先生だ。
襖を開けて入ってきた先生は、私を見て、鬼を見た。少し思案して、鬼を机で挟んだ形で真正面に正座した。口を開いた先生は、いつものように客を相手にするように迎えた。
「御用件はなんですか?」
鬼は安心したように肩を落とした。ひょこりと机の上に移動する。
「突然お邪魔して御迷惑かけますなぁ。わしは三月神社から参りやした。金平糖を戴きたいのですわぁ」
ぺこりとお辞儀する鬼は至って礼儀正しい。昨日まできていたちびっこよりも。容貌と行動のギャップに私は茫然とていた。ちなみに、三月神社はこの近くにある神社だ。
「いいですよ。どれほど必要ですか?」
先生の言葉に鬼の声が弾んだ。
「三十粒ほど頼んますわぁ」
「少し、待ってくださいね」
先生は金平糖を取りに、店先に消えた。その間、鬼は静かに待っている。じっと正座をしていた。
なんだろう。この老成しきった感じの雰囲気は。鬼だから人間以上に生きてはいるのだろうけど、なんだか拍子抜けだ。先日来たちびっこがあまりにも暴れん坊ぶりだったこともあるのだろうか。
なんとはなしに鬼を見つめていると、先生が包みを持ってやってきた。鬼は顔を上げて、嬉しそうに笑っている。
「はい。どうぞ」
机に置くわけでもなく、投げるわけでもなく、先生は鬼に手渡した。
「有り難く戴きますわぁ」
両手で丁寧に受け取った鬼は、深々とお辞儀し、これまた丁寧に礼を述べた。見ていると鬼という気がしない。どこかの由緒ある執事ではないかと疑ってしまう。
そうして鬼は、来た時と同じように葉っぱの傘を片手に、小鬼には少しでかい包みを片手に持って、縁側の戸を閉めて帰っていったのだった。
期末テストが前日に迫り、切羽詰っているはずなのに、脳裏には別のことが霞んで、時折手が止まる。先生はそれをお見通しなのか、笑顔が怖い…。
小鬼がここにきて今日が五日目だ。初日には一日中降っていた雨は今では小雨になり、明日には梅雨明けが発表されてもおかしくない空模様だった。その間、小鬼はきっちり金平糖を三十粒もらっていった。そして今、私が勉強をしている机の上ではその小鬼がいて、その手には金平糖の包みがあった。
いつもと同じ先生の笑み、小鬼の丁寧すぎる態度、そして帰りの様子だった。じぃっとそれらを見続けた。小鬼が戸を閉めて数瞬。私は立ちあがって縁側に歩み寄った。
「花奈さん。どこに行くのですか」
「どこか」ではなく、「どこに」。それだけで咎めるように聞こえた。私は嘘を言っても駄目だと思って、正直に話した。
「どう見ても怪しいじゃないですか。後をつけて何をしているのか、確かめます」
連日きた妖怪たちはそれぞれ五日間やってきた。もらった金平糖の数は異なるが、何か関係しているのは間違いないのだ。
また名前を呼ばれた。リンとなく鈴のようだった。
「人が、知らなくてもいいこともあると思いませんか?」
先生は知っている。何が起こっているのかを。それを聞こうとして、口を開きかけた。途中で、敵わないうえに、教えてはくれないことにいきついた。嘆息して、肩を落とす。すると、先生が今思いついたかのように付け加えた。
「…それに、今花奈さんがすべきことは、明日のテスト勉強ではありませんか」
脱力した。今度は疑問符すらなかったのだ。
私は諦めて、元の場所へと戻ったのだった。
戻り際、縁側のガラス戸からは、久しぶりに見る空色が見えた。