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夜半に佇む 4
「いない?」
「ええ。そのような魔術師は、おりません。少なくとも、正規の魔術師ではありません」
魔術師の照会を問い合わせたその男は、淡白に言った。魔術師をよく知らない者が、よく引っかかる手なのだろう。慣れた様子で説明した。
「…!」
魔術を扱うものは、すべて国に登録しておけなければならない。
魔術は力。当然秩序が必要になる。魔術によって犯罪が起きないように、力を無闇に使わせないために。
また、その登録をしておかないと、生活もできない。魔術師は登録先から仕事をもらうことがほとんどだ。名をはせた魔術師なら、仲介なくとも直接依頼が来るが、そうではない魔術師は、仲介が必須である。そのまま魔術師の信頼につながるからだ。登録が保証になるのだ。
その登録がない。
背筋が凍る。
不安だったものが、確信に変わった。
「…………っ!」
脇目もふらずに駆ける。
焦っていた。
リーディアの父からの頼まれごと。
ファルナの魔力を抑制することを頼んだ魔術師が来訪して、すぐ後のことだ。突然頼まれた。
リーマス・ブレインからの紹介された魔術師は、一体何者なのか。
不審に思ったのだろう。魔術師に。理由はわからない。魔術師としての勘なのか、それとも単なる不安だったのか。
加速するために、足に力を入れた。
同時に爆音がした。
足が止まる。
ざわめきだす人。すぐとなりを騎士らしき群れが通り過ぎていく。
音の方角は、まぎれもなく。
雨粒が己を拒んでいるように、風を伴って大粒の雨が降る。
顔にあたる雨粒が視界を塞ぎ、邪魔で仕方がなかった。
街中に行くこともあって、普段着る服装よりも布の数が少ないことは不幸中の幸いかそれでも、来ている服が鬱陶しいことは変わらない。
はやく。騎士が来る前に。戻らなければ。歯軋りすれば、息が乱れた。違う、もう乱れていた。
ふと、妙な気配を感じた。足を止めずに周囲に注意を払う。
なんだ…?
耳が高く唸る。背後を振り返っても、なにもない。たまらず舌打ちし、駆けた。
おそらく、魔術。だがそれがなんなのか、己にはわからない。先に進むしかなかった。
それほど時間がかかる距離ではない。これでも足の速さには自信があった。なのに、遠く感じた。あれは魔術なのか。
その考えはすぐに否定した。周囲の景色は変化している。単なる目的地にいかせない迷わせる魔術なら、変化はない。
焦っているだけだ。感情が、己の感覚を狂わせている。
こんな簡単に、己を保てなくなるのか。
己の弱さを感じ、再び舌打ちをしたくなったが、止めた。もうすぐなはずだ。黒煙はとうの昔に見えていた。もう目の前に来ていた。
木々を抜け、彼らの家があった場所に出ると、足を止めた。
焼ける臭い、その中に混じる不快なもの。すぐにわかった。人が焼けた臭いだった。
声がした。女の声だった。ひどく楽しげで、笑っているのが顔を見なくてもわかった。それに答えるように、聞き知った声がした。
「……………わかった」
「――――だめだ!!」
反射的に口が開いた。内容は知らない。だが、だめだ。直感だった。その先に、いかせては、いけない。
「リーディア、絶対に、だめだ。これは―」
「――ヴェルグ」
はっとして口をつぐむ。呼ばれた声が無理だといっていた。
「…もう、いいよ。今まで、ありがとう。ヴェルグ」
もう、傍にいないほうがいい。
もう、帰っていい。
雨と暗闇のおかげで彼女の表情は見えない。何を思っているのか。親を失い、今まさに片割れさえも失おうとしている。
全てを無くした子供の先などたかが知れている。
「…俺は、―――――――」
覚悟を持つ必要はない。はじめから、そんなものはないのだから。
2人がリーマス・ブレインとマディカ・フォースの画策を知ったのは、すぐだ。もともと彼女は怪しかった。それが確信に変わったのは、慣れない身体での生活にやっと落ち着いてきたころだった。
様子がおかしいことにも気付いた。
記憶が交錯しているのか、少女のような話し方かと思えば、次には大人びた話し方になる。その中に見え隠れする、理性。狂った原因も自然に知ることができた。
だからと言って憎まないほど自分は優しくない。彼女は自分の親を殺した。どういうかたちであれ、親の仇であることは違いないのだ。
誰を、何を恨めばいいのだろう。
巨大すぎた自分の魔力か。
他人の魔力を求めたことか。
狂い果てた彼女か。
それとも、禁忌に手を出したことか。
ファルナは考えた。原因は何だったのか。どんなに考えても、自分にはどうすることもできないことばかりだった。どれだけファルナが魔力のことでせめても、人は自分の魔力を選択できない。
己の魔力を呪い、外から力を望んだことは個人の意思だろう。でもそれは、ファルナ自身にも、その言葉は直接帰ってくる。
望まなければ。
自分が、生きることを諦めていれば、そもそもこんなことは起こらなかった。
望みさえ、しなければ。
誰もが自分自身の願いを叶えようとした結果だったのだ。こんなこと、誰にでもある。ファルナにとって理不尽に見えた世界は、誰にとっても理不尽だ。誰もがその理不尽のなかで、自分の意思を願い、時には断念するのだ。
ファルナはそれが、生きることだった。
自分の願いは半分叶った。思い通りに終わらなかったけれど。
なら、自分は。
自分の、やるべきことは―――――
アキアスは射るような視線を男に向けた。リーマスはそれを受け止め、微笑むばかりでなにもしようとしない。それはひどく、マディカのすることと似ていた。
微笑むだけで、相手の心を何一つ受け取ることをせず、受け流す。己の行動が何を生むのかを知りながら、知らないふりをする。
「…マディカもあなたも、この国も、どうだっていい。どうだってよかったのに!!」
目を向けず、耳を傾けず、関心のないように表面を装っても、仇は仇。殺したいほど憎い感情は止められるはずがなかったのだ。本人がそんな感情を望まなくても。
今まで必死になって抑えてきた。それを、無視して動いた。マディカも国も、ふたりの意思を考えず、否定した。
でも。
「すこしでも長く、一緒にいられればよかった……たった、それだけだった!」
ふたりの願いはひとつだった。
たったひとつだった。
願いはいつでも変わらなかった。
あのまま、なにもなければそのまま終わっていた。
二人が望むままに。
誰にも気づかれることなく、終わりたかった。
それが無理なら。できないのなら、せめて。
奪われたファルナの魔力を、あの男から取り返す。
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