暁光に昇る 9


   時は少しさかのぼり、リリスがヴェルグと会っていたころ、フェルディールもまた、メーリスに会っていた。





「双子の姉妹…?」
「そうさ。8年前に起きた魔術の暴走を引き起こした夫妻の子供。それが、リーディアとファルナさ」
 メーリスは懐かしさに目を細め、二人を思い描いた。それは簡単だった。なにしろ顔は瓜二つではあったが、性格は対称的だったのだ。姉のリーディアは常に笑みを絶やさず、明るかった。妹のファルナは逆に大人しく、不安な顔をしていつも怯えて隠れるように姉の後ろにいた。病弱だったせいもあるだろう、ひどく弱々しかったのを覚えている。
 どちらがどうあの少女に、アキアスに似ているかは、メーリス自身にもわからないことだった。病弱だったファルナはリーディアよりも体つきが細かったことを考えると、アキアスはリーディアに似ているといっていいだろう。しかし、少女の明るさはリーディアとは少し違う気もする。リーディアの持つ明るさは、穏やかなものだった。いつどんな時でも笑っている、「静」のような笑み。アキアスは逆に、弾けるような明るさな気がしたのだ。ファルナが笑えば、そうなるような。
 メーリス自身、アキアスとは一日も接していない。赤の他人もいいところの関係だ。それでも、メーリスとて商人の端くれ。これまで数多くの客と相手をしてきた。相手を見る目も自信があった。似ているようで、似ていない少女たち。それぞれのパーツをくっ付けたような感覚だ。それこそ二人が一人になったという感覚だった。
 メーリスは、先ほどから黙り込んだままなにも言わないフェルディールをじっと見つめた。ここ数年何の音沙汰もなかった。唯々諾々と政務をこなしていただろうことは目に見えていた。
 この変貌ぶりはどうだろう。
 「マディカ」の存在が絡み、消えていった「二人」。一人はもう二度と戻ってこない。残りの一人は、いままさに消えようとしているようだ。
 フェルディールはどうするのだろうか。
 メーリスはただただすべてが良いように収まるようにと願うばかりなのだった。










「やるなら外でヤッテくれよ」
 平坦な口調でマスターは言う。何に対しても無感情なマスターらしいと思う。わたしは静かに頷き、リリスとキルフェ、そしてフェルディールの方へ、正確に言えば、外にでるために扉へ向かった。灰色の男―ヴェルグが無言で後ろから付いてくる。
 張り詰めた空気の中を、わたしは突き進む。そんな中、リリスが意を決したように口を開く。
「アキアス…話が、」
「ない」
 リリスを見ることなく、わたしは言葉を遮った。
「なにもない。あなたたちとは、なにも」
 動かないリリス達の目前で止まり、無感情に見つめる。
 会ったことのない人たちだ。アキアス・レディフェルカが会ったことが会っても。
 それはわたしではない。アキアスという少女は、二人で一人。二人がいて、やっと存在できる。
「……すべて、嘘だったっていうわけ?」
 顔を俯かせ、リリスは声を小さくして言った。それでも、よく通る声だった。その手が震える。何の感情もわかなかったが、ただ、内に潜むあの子が震えていたのを感じた。
「嘘はない、けれど、もうないだけ」
「それは!…嘘だって言っているようなものじゃないか!」
 静かに答えれば、キルフェがらしくない声で叫んだ。それを聞いても、わたしにはなんの感情も湧かなかった。それでも感情を抑えているのか、堪えるようにじっとアキアスを見ている。だんまりを決め込んで、歩きだそうとしたとき、リリスが静かに口を開いた。
 わたしはリリスに改めて目を向けた。真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳は揺れずに、乱れずに、冷静に立っていた。
 その間に、境界線を敷く。感情に流されないように。
「あなたは誰?アキアス?それとも、リーディア?ファルナ?」
 わたしは誰か。
 そんな問いに、何の意味もない。リーディアとファルナはあの日、死んでしまったのだ。
 マスターは我関せずといった様子でコヒィを入れ、王子はすでに全てを知っているのか、リリスに任せているようだった。それでも、マスターはいざという時は動くだろうし、王子は全てを丸く収めようとするだろう。
 うまくいかない。
 どうして、こんなにもうまくいかないのだろう。
 もうすぐで、全てが終わるはずだった。自然に。誰にも干渉されることなく。
 なにがどう転がれば、こんなことになるのだろう。
「二人は死んだ」
 ただ生きていた。
 焦燥と倦怠の中で。もう、何もなかった。息をしていることさえ、面倒だった。何のために、あれほどまでに生きようとしたのか。


 ――妹のため。


 そう思うおうとしても、もう、思えなかった。
 心を支配するのは、灰色で、視界に色彩はなかった。
 誰かを信じるのも、憎むのも、煩わしかった。もう心を波たたせたくはなかった。だから、これで終わらせる。そして、帰ろう。あるべき場所に。あの子と一緒に。





 目を向ける。最後の相手。
 長い間、ずっと見ていた。
 ファルナを死に追いやり、全てを手にした男―――





 アキアスの視線の先にある扉が開く。















「あなたが殺した」








 静かに笑みを携えたリーマス・ブレインが立っていた。