暁光に昇る 4

 魔力は先天性だ。けれども、魔力は誰もが保持している。訓練と努力を積めば、誰もが魔法は扱えた。しかし、どれだけの鍛練を積みその質を高めようと、一定以上の増加は見られない。理由は分かっていない。つまり、その数値は才能と言えた。
 魔力が高い者は自然と国の要所に就き、その力を認められた。魔力が高い者を高位魔術師(マディリスト)と呼ぶ。マディリストの選定基準は数値で表され、その数が1でも違えば、マディリストとは呼べない。どれだけその名を呼ぶに価しても、だ。
 マディリストとそうでない者の差は激しい。職から報酬まで、大きく異なっていた。
当然と言えば、当然の話だった。
 剣は誰もが使えるが、それに腕がある者は剣士になるだろう。認められれば、それなりの地位が与えられる。なければ、それまでだ。
 魔術師は単に、その力が数で表されているだけだ。そして、地位が決定される。全ては魔力数によっていた。
 リーマス・ブレインはマディリストだ。だが、彼はそうでない者の苦痛を知っている。始めから決めつけられる己の力量と、努力は意味のない、ただの抵抗なのだという絶望を。なぜなら彼は、そうでない者だったからだ。
 一般に、魔術師と関わりのない者達にとってだが、魔術師はマディリストという認識だ。極端に言えば、そうでない者の存在はほとんど知られないことになる。どれだけ功績を積もうと無意味な行為だった。
 リーマスの場合、それは突然だった。彼の努力が功を奏したのか、あるいはただの偶然かは知らないが、彼の魔力は、マディリストの選定基準数値を超えた。
 それからの彼は成功を続け、富と名声を手に入れた。現在はマディリストに関する存在意義の不確かさを唱えている。
 その彼の元に、先日国の枢密院が訪ねてきた。内容は極秘に、訪問さえ周囲には知られていないだろう。彼の部屋の窓際に、彼がふと眼をやると、立っていたのだ。黒衣を着た人間が。枢密院かどうかは不明だ。見たことがないのだ。しかし、目にしても、気配は感じられなかった。枢密院という判断をしたのはあくまで推測だった。話が終わり、一瞬の沈黙がおりると彼の目前には誰もいなかった。立ち去り方も枢密院らしいと言えば、らしかった。
 枢密院は国王直属の部下だ。彼らが動くほどの重要さと知れた。その信憑性も。
 体の奥底から息を吐き出す。
 自分を取り巻く重苦しさは取れそうになかった。










 クオッタは基本、パンと鶏肉と卵にソースだ。鶏が他の肉に変わったり、ソースの種類が選べたり、卵が無い形だったりで、様々の種類が日々増えている。
 アキアスとリリスが現在注目しているのは、おすすめという印のあるクオッタだ。材料名しか書かれておらず、出来上がりが創造できない。しかし、その材料のひとつに惹かれていた。 目立つ色で描かれた文字で、「…クラーベ」とある。魚介類の中で最も食され、かつ美味な食材だ。一言にクラーベと言っても種類がある。手ごろな価格で食べられるクラーベもあるが、種類、あるいは産地によっては最高級品になるものもある。その中の、「ニノクラーベ」はクラーベ種でも最もおいしいと言われている。そのニノクラーベが使用されていたのだ。最高級の中でも最高の味だ。庶民は食べられないこともないが、学生にはとてもじゃないが手が出せない。
 それが手の出せる値段で今目の前にある。クオッタにしては非常に高い値段。しかし、クラーベにしては非常に安い値段。
 アキアスとリリスの目がそこから動かないこと、しばらく。後ろでは少年が顔を暗くして立っていた。本日の財布持ちのキルフェである。
 フェルディールは笑いを必至に堪るのを余儀なくされた。
「笑いすぎです……」
 恨めしそうにキルフェは言った。
「……すまない。…っく…」
 それを聞いても、フェルディールの笑みは止みそうにない。キルフェは理解すら諦めた。  やっと落ち着いたフェルディールは、アキアスとリリスの横を通りすぎ、慣れた様子で店主に注文した。二人が見つめていたクオッタを四人分だった。代金も躊躇することなく支払う。 それを見て怒ったのはアキアスとリリスだ。睨みつけようが文句を言おうが、今日の王子には効かないらしい。二人にとっては憎らしいぐらいの笑顔で受け止めている。彼の手が背中を押して三人を誘導する。奢られる手前、大きく言えないのが二人だ。三人はされるがまま店内の奥へと移動した。
 しばらく待ち出てきたクオッタは、おやつというより昼一食分に相当した。九等分のパンの上にクラーベをはじめとする具が置かれ、チィーズがとろりとそれらを包む。既に手では持てず皿上の料理と化している。
 これは、クオッタですか…。
 三人の頭にはそれが浮かんでいた。
 眼を丸くして、ひとまず口に入れてみる。
「「「…おいしい!!」」」
 かりかりのパンに、魚介類の絶妙な味。それに糸を引くチィーズ。何と言ってもニノクラーベのなんとも言えないおいしさは、魚介とは思えない甘さである。
 一言を境に、三人は黙々とクオッタを食べ続けた。もはやクオッタと呼べない形状かつ味ではあったが、三人は堪能しきった。
「おやおや!フェル坊じゃないか。誰を連れてきてると思ったら、学生かい?」
 恰幅のいい体型をした女性が割り込んでくる。長いプラチナブロンドはくるくるでまたそれが体を大きくみせていた。
「女将さん…。いい加減坊は止めてくれませんか。何歳と思って」
「何言ってんだい。あたしにしちゃまだまだ子供だよ」
 言葉を遮り、王子の背中をバシバシたたく。そのさまはまるで母親か近所のおばさんだ。
 王子を坊と呼び、容赦なく叩いているこの人は誰か。
 恐れ多いというか、命知らずというか。むしろ、爽快すぎて注意ができない。そういうふうに三人は茫然としていた。
「まったく。彼女でも連れていこないで、いい年してなに遊んでんだい!さっきからみてたけど、まるで自分の子供を見るような眼じゃないか!どこまで老成する気だい?」
 フェルディールは相手をするのが疲れたのか、三人に向き直る。
「…この人はここの主で、俺が昔から世話になっているんだ」
「メーリスだよ。フェル坊が世話になってるみたいだね」
 にこやかに三人に笑いかける。
「そこまで言いますか…女将さん」
「この間まで泣きべそをかいてたのは誰だい?」
「いつの話ですか!」
 赤面で抗議をするが、どうやらメーリスには無駄らしい。豪快に笑って受け流している。フェルディールはヤケクソに話を進める。
「それで。こっちが順にキルフェにリリス。そしてアキアスです」
「フェル坊に眼をかけられて災難だったねぇ」
「俺の評価をどこまで下げるつもりですか!」
「何言ってんだい。すぐにあんたがへたれだってことは誰だってすぐ気付くさ!」
 そうだろう、とでも言うようにメ―リスは三人に眼を向けた。
 それを見て、ついに三人は噴出した。
「あははッ!いい笑いっぷりじゃないか」
「おまえら……」
「いいじゃないかい。あんただってさっきまで笑ってたじゃないか」
 フェルディールは憎ましげにメ―リスを見つめる。
「そこから見てたんですか…!」
 なめんじゃないよ。勝気に胸を張り、腰に手をやるさまは誇らしげだ。そのメーリスの目が見開く。紫髪の少女を見つめて。
「あんた、確かアキアスだったかい?下の名前はなんて言うんだい?」
 急に呼ばれたアキアスはきょとんとしていた。
「へっ?…えっと、レディフェルカ、ですけど。アキアス・レディフェルカ」
 先程までの勢いが嘘のように、メーリスは静かに言った。
「…そうかい。いや、すまないね。知り合いに少し似ていたから、もしやと思ってね」
「アキアスに似ている人ですか?」
 メーリスは説明がし難くというように、困惑な表情だ。
「似ているっていってもねぇ。髪も眼の色も違うし、ただ雰囲気が似てるってだけなんだよ。それに、その知り合い―丁度あんた達と同じくらいの年の子なんだけどね、たぶん死んじゃってるからねぇ」
「たぶん…?」
「魔術の実験に巻き込まれて、その後行方が掴めないらしくってね。…すまないね。盛り上がっていたのに。お詫びにデザートでもサービスするよ」
「本当ですか!」
 三人(特に二人)が顔を輝かせる。メーリスは笑みを深ませて、店の奥へと戻っていった。
 メーリスが手に持ってきたデザートをたいらげ、「フェル坊の奢りだよ!」と言って場はまた盛り上がった。
 次の行き先を決めかね、まったりとした空気が流れた。リリスがキルフェをからかい、フェルディールがそれを見守っている。
 昼時が過ぎ、店内もゆったりとしていた。
 そんな時だ。
 リリスの声が響いた。


「…アキアス…ッ!!」


 手で自分の体をきつく抱きしめて、アキアスは倒れた。